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1991年 10月22日 飛鳥のエントランスに田村能里子さんの壁画
     「 季の奏 (しらべ) 」完成
      (写真は 制作中の様子)










◆◇ エントランスの顔 ◆◇

1991年 暑い日が続いた夏の最中、
田村能里子画伯は長崎で建造中の初代「飛鳥」で
『季の奏』の制作に挑んだ。
台風の中の試運転でも船上にとどまり、2か月の間
描き続けた。
燃えるような色調の大作は、秋深まる就航間近
の日に完成した。
そして2006年。
飛鳥U就航にあわせ、田村画伯は『花筏』を仕上げた。
和の美の装飾様式である、優美な屏風型組絵は、
飛鳥の心を受け継ぐ象徴として、
まぶしく存在している。



                                          ◆◇ 飛鳥就航20周年に寄せて 
                                                          田村能里子  ◇◆


 就航20周年ほんとうにおめでとうございます。
初代「飛鳥」(現「アマデア」)に壁画を描かせていただき
飛鳥UのSKY DECKスパ前にも組絵を置かせていた
だいた作者として、お祝いの意味も込めて当時の
思い出をご披露します。

 1991年の暮れに就航予定の客船の船内に壁画を
描いてほしいという要請をいただいたのは、その2年前
のことでした。
飛鳥という船名だけをうかがって、構想を練り始めました。
客船内の壁画など想像もつかず、こころもとなかったの
ですが、7つの海を航海する「動く壁画」ってなんて
ロマンチックなんだろう、とお引き受けしてしまいました。

 制作の打ち合わせで、大きな問題が判明しました。
壁画のサイズは縦12メートル(ロビー第5デッキから
第9デッキまでの吹き抜け)、横9メートルの曲面ですが、
ロビー面積の制約から現場で足場が組めないため、
船内での制作は無理とされたのです。
さらに艤装中の船内では、絵の具など揮発性材料の
使用に厳格な制限がありました。
技術責任者の方が辛抱強く協力くださり、デッキの天蓋
からゴンドラリフトを吊るし、リフト内に画材料を積み込んで制作するという初めての試みが実現しました。

 大きな台風が長崎を襲ったその夏、後2カ月でデビュー
クルーズという日に造船所で艤装中の飛鳥に入りました。
晩夏の船内は1日中サウナ風呂のように暑く、天蓋の
近くは熱風が吹いてきて、汗だくで絵筆やローラーを
振り回しました。
ゴンドラは不安定で長時間踏ん張っていると、
足が硬直してきます。
 それでも日に日に壁画が仕上がっていく楽しさは、やったものにしか判らない快感があった、
 なんていうと必死に支えてくださった船内工事の方にしかられてしましそう。
  船内では、欧州やアジア各刻の国際色豊かなクルー(乗組員)の研修が始まって、
 私に「ここにいた女性の画は僕の好みだったのに、なぜに変えちゃったの?」と質問されたり、
 まわりとの交流や会話があって、壁画がデビューした時のことを想像できたのは、愉快な収穫でした。

  客船内壁画『季の奏(しらべ)』が完成。
 飛鳥のデビュークルーズにも参加しました。
 海外で初めて錨を下ろした香港の美しい夜景は忘れられません。

  飛鳥Uの改装の際にもスパの前の階段の踊り場に5メートル程度の組み絵を(今度はアトリエから運び込んで)
 置かせていただきました。
 飛鳥の面影を残しつつ、優雅にくつろぐ女神のイメージを描きました。
 題して『 花筏 (はないかだ)』。
 乗船される皆さま、船旅の感想など話しかけてみてください。

 2011年飛鳥Uの世界一周クルーズでは、アムステルダムから初代「飛鳥」に乗り継ぎできるオプショナルツアーがあると
 聞いて予約しました。
 大げさかもしれませんが、何年ぶりかで、欧州の海で活躍しているわが子に会えるかと思うと、
 今から胸がときめいています。

                            (C)Noriko Tamura All Rights Reserved.

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