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 画業人生の集大成ともいえる50作目の障壁画を
完成させた田村能里子さん。
今どんな思いで人生を見つめているのでしょうか。


◆◇◆ 不思議なご縁で巡り合った五十作目 ◆◇◆

 六十歳を超えてから取り組んだ五十八面の襖絵が
完成し、京都の天龍寺塔頭宝厳院に奉納することができて
ホッとしているところです。
構想は二年、制作には一年半以上かかりました。

 壁画制作は全身を使う重労働ですので、日頃から
ウォーキングをしたり水泳したりして体力をつけています。
そして、気になる雑用はなるべく片づけてから取りかかり
仕事に集中できる状態に持っていくようにしています。

 仕事場はいつも、壁画を飾る「現場」ですが、
今回は都内の古いアパートを借り、五十八枚の木板を
立て掛けて描きました。
まるで禅道場のような無窓部屋で、夏は汗だく、
冬はバケツに入れたお湯でかじかんだ手を温めなくては
なりませんでした。
でも、絵に向かっていると、暑さや寒さなんて
気になりません。
体力と集中力、それと「みなさんがどんな顔をして絵を
見てくださるのだろう」という楽しみとの三点セットで、
自分に火をつけて走っていますから。

 壁画級の作品としては、この襖絵がちょうど五十作目の
節目にあたります。
最初の壁画は、二十年前に中国の西安にあるホテル
『唐華賓館」のロビーに描いた幅六十メートルの
『二都花宴図』でした。

 それが五十作目につながるなんて、不思議なご縁を感じます。
 西安はシルクロードを旅するお坊さんが立ち寄られるところで、
 そのホテルをたまたま定宿になさっていた宝厳院のご住職が、
 『二都花宴図』を大変気に入ってくださって、本堂を再建するのを機会に襖絵のお話をいただいたのです。

  また、私の絵の出発点が奇しくも仏教のルーツであるインドでした。
 二十代に夫の仕事の都合で北インドに四年間滞在し、そこで厳しい風土に根を張って生きる女性たちの「ひとのかたち」の
 美しさに惹かれて、人を描き続けるようになったのです。
 さらに、中国、タイといった仏教とかかわりの深い土地に暮らし「生きるとはどういうことなのか」とか
 「自分は何をすべきなのか」とか考えることも少なくありませんでした。

  今回の作品は、自分があるいてきた絵の道を振り返らせてくれるものであり、
 その道を再び歩くことで自分が表現したかったテーマを発見することができました。
 そういう意味でも、何か不思議な巡り合わせによって導かれたような気がしてなりません。

  完成した襖絵には、『風河燦燦三三自在』と名付けました。
 風河は大自然、燦燦は光り輝く太陽のように、これからの人生が素晴らしいものでありますようにという願いを込めています。
 そして三三は、描いた「ひとのかたち」が三十三体あり、観自在菩薩が三十三変化して世の中の災厄を救済するという話から
 取りました。
 自在は、己のままにあるという描いたものの様でもあり、「あまり無理をしないで、伸びやかに生きていきましょうよ」
 という私の思いでもあります。



  ◆◇◆ 人生で出来ることは限られている ◆◇◆

   私が毎日、お経のように念じているのは、襖絵の表のようなテーマである「風河燦燦三三自在」の
  裏側といいますか、対を成すテーマでもありますが、「一日一生、日々再生」です。
  その日一日を一生懸命に生きる。
  そして、改めた方がいいなと思うことがあれば改めていくということです。
  身近な話で言えば、夫婦喧嘩をして自分にちょっとでも非があると思ったら、「ごめんなさい」と素直に謝る。
  今日、まずかったなという思う行いがあればちゃんと反省して、新たな気持ちで次の日を迎える。
  人生は毎日の積み重ねの結果ですから、一日一日をていねいに行きいていけば、よい一生が
  送れると思います。

   絵描きというと、特殊な生活をしているように思われがちですが、私は二十代で家庭を持ち、
  お姑さんが八十四歳で亡くなるまで一緒に暮らしました。
  時には砂漠に出かけたり中国に留学したりして、好き勝手にしているように見えるようですけれど(笑)、
  普通の人としてくれしながら作品を生み出してきたという感じなんですね。
   特別な能力があったわけではないので、日々こつこつ続け、失敗したらやり直して、結果を積み重ねてきました。
  ほとんどの人は、そうやっているでしょう。
  平凡なことだと思うかもしれませんが、何年も着実に続けるとこは本当に大したことだと思いますし、
  それが力にもなっている気がします。

◆◇◆ これから先がいまの
         延長線上にあれば、たぶん幸せ。 ◆◇◆

 いまでも朝七時に起きてきちんと朝食をとり、
少なくとも九時には仕事を始めます
がんばり過ぎない程度に、毎日根気強く続けていれば、
きっと自分の望みに近づけると信じているんです。

 私の人生って、赤い絨毯を織っているようなものだなと思います。
シルクロードやインドの奥地で、子どもたちが歌を歌いながら絨毯を
織っている姿をよく見かけました。
一枚の絨毯を織るのに一年かかることもあれば、三ヶ月くらいで出来る
絨毯もあります。
でも私は一生かかって、一枚の美しい絨毯を織り上げているのだな、と。
「タムラレッド」と呼ばれる赤色は、命が燃えていることを象徴する色ですが、
そこには多くの人からいただいた赤や青や黄色などいろいろなご縁の糸が
織り込まれています。
一日一生の思いで毎日、機を織って、反省しなきゃいけないときは
多分織りなおしているのかもしれませんが、そうやって色とりどりの糸を
紡ぎながら人生の絵模様を作っているような気がします。

 いま六十四歳ですから、絨毯はもう半分以上できています。
仕上がりがどんな風になるのか分かりませんが、若い頃とは違って、


ある程度時間が限られている者としては、まず五年先を見ながら織っていくつもりです。
ひとりの人生で、そんなにたくさんのことは出来ませんので欲張りません。
 私は絵を描くしかとりえのない人間ですから、画業を基本に家族や友達、社会と接しながら、健康を保つ為に
 食事に気をつけ、運動をして、良い作品を少しずつ残していきたい。
 つまり、これまでと同じことを続けるだけ。
 これから先が今の延長線上にあれば、たぶん幸せだと思うんじゃないかしら。


                            
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