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田村能里子展
「オリエントの風を聴く」
開催中掲載記事





   ◇◆◇ 中日新聞 2010年10月18日 市民版 ◇◆◇

 田村能里子さんが特別展の秘話を披露

 千種区出身で洋画家・壁画家の田村能里子さんの講演会が同区ルブラ王山で開かれ、
百四十人が作品の解説などに聞き入った。
同区古川美術館で開催中の田村能里子さんの特別展「オリエントの風を聴く」(中日新聞社共催)の関連企画。

 公演で田村さんは、一九八七(昭和六十二)年に中国・西安のホテルに飾る全長六十メートルの壁画を
描いた時のエピソードなどを披露。
特別展で一部の複製を展示しているふすま絵にも触れ、会場を沸かせた。
同展は十二月十九日まで。
講演会は十一月十八日にもある。




   ◇◆◇ 朝日新聞 2010年 10月21日 ◇◆◇


    田村能里子さんが語る 三岸節子の魅力
  
   70年に及ぶ画業を通して、日本画壇に大きな足跡を残した三岸節子(1905-1999)。
  昨年迎えた没後10年の節目を機に、一宮市三岸節子記念美術館で「色彩のエスプリ」
  と題した特別展が開かれている。
  画業の原点ともいえる前半期に描かれた、色彩豊かな生物画や室内画が展示されているのが今回の見どころ。
  そして、画家を志した10代で三岸作品と出会い、同じ油絵の分野で幅広い創作活動を展開してきた
  田村能里子さんに生前の交流や作品の魅力について語っていただいた。


   【 出会い  洋画家の先輩であり生きる道をしめしてくれた存在 
                      豊かな才能と、その生き方にあこがれて】

   田村さんが三岸作品と出会ったのは、画家を志した高校時代。
  同郷の先輩として、また一人の自立した女性として憧れ、目標とする存在だったという。
  「私も三岸さんと同じ愛知県一宮市の出身。『将来、絵描きになりたい』という思いを抱いて
  旭丘高校の美術家に学びました。
  当時から三岸特有の厚塗りの絵肌が好きで、よく作品を拝見しては雑誌の記事なども読んでおりました。
  三岸さんとは親子ほど年齢が離れているのですが、日本では歴史の浅い油絵の分野でがんばってらっしゃること、
  また女性が自分の仕事をもって生きることがむずかしい時代に活躍されていた姿など、
  その生き方や精神的な部分も含めて目標とする存在でした。
    日本で画家として生業をなすということはたやすいものではありません。
  私自身、手探りで歩んできた道ですが、若い時に生き方を示してくれる存在に出会えたことは
  とても大きかったと思います。

   【 交流  手紙を通して生まれた交流 温かい言葉に励まされた  】

   美大を卒業後、インドでの修業時代を経て日本で画家としての活動をスタートさせた田村さん。
  その活躍は三岸の耳にも届き、温かい交流が始まった。
   「30代に入り、出品を続けてきた公募展で賞をいただけるようになった頃、
  思い切って三岸さんにお便りを出しました。
  そうしたら、私の作品をご覧になっていて『あなたのことは、郷里も一緒で妹のように思っています』
  とお返事をくださったんです。
  その後、何度かお手紙のやり取りをさせていただいたことは本当に励みになりました。
  画家というのは一生をかけて技を磨き、絵の上で自分を表現する道を模索していくわけですが、若い頃、
  壁にぶつかった時などはいただいたお手紙を読み返していましたね。
  
   もちろん、作品からもたくさんのパワーをもらいました。
  三岸さんの絵は、豊かな色彩はもちろん、塗り重ねた絵の具の隙間から何か生命力のようなものが感じられる。
  ファンの一人としていつも惹き付けられます」


   【 色彩 独特の色彩と絵肌から熱い「絵描き魂」を感じる 】

   シックな中にもエスプリの聞いた色づかいや、晴れ晴れとした現職の表現など、豊かな色彩構成の絵画を
  次々に生み出した三岸節子。
  そして田村さん自身も、独特の赤い色づかいでアジアの“人とかたち”をテーマに作品制作を続けている。

   「画家にとって色彩は、描くモチーフと並んで大切なもの。表現したい色彩に出会う過程は人それぞれですが、
  自然の風景や訪れた街並みの色彩に影響を受けることもあれば、人との出会いから感じ取ったイメージが
  創作につながることもある。
  私自身は、若い頃インドに4年間滞在する中で、女性がまとう衣服や、街のあちこちに植えられた火炎樹の花など
  赤のカラーに魅了され、赤を使って描くようにありました。
  ただ、絵は創作ですので、写真のように見たものをそのまま映し出すというものではありません。
  いったん自分の中に取り込んで、新しく生み出すものなのです。
  今回展示される三岸さんの前半期の作品を拝見しますと、ヨーロッパの近代画家の作品を
  一生懸命勉強なさったことが感じられますね。
  南仏での生活を経て、風景画家として大きく羽ばたかれる直前の作品に出会えることは、貴重な機会だと思います。
 
   今回に限らず、三岸さんの展覧会へは欠かさず足を運んでいます。
  静物画や室内画、風景画などモチーフや色彩に移り変わりはあっても、一貫して三岸節子流を感じるのは
  そのマチエール(絵肌)です。
  厚く重ね塗りした独特の濃厚なマチエールは、まるで一筆ごとにキャンパスに時を埋め込んでいったよう。
  三岸さんの熱い気持ちが伝わってきます。

   また、同じ女性として印象的なのが、三岸さんが尊敬する画家であり、死別した夫である三岸好太郎さんとのこと。
  後年、三岸さんが創作活動の合間をぬって彼の遺作を収集し、生まれ故郷の北海道に寄贈されたことには
  心を打たれました。
  そんな様々な感情や熱い絵描き魂を絵筆に込めた三岸さんは、どんな思いで70年の画業を
  積み重ねてこられたのかそのあたりを本当はもう少しご本人にお聞きしてみたかったですね」

   



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